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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)439号 判決 1982年10月15日

上告人

季再傅

右訴訟代理人

元林義治

被上告人

右代表者法務大臣

坂田道太

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人元林義治の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件軍事郵便貯金の払戻につきわが国の右貯金関係の法令が適用されるものと解するのが相当であり、また、右貯金の預入後その払戻までに所論のごとき貨幣価値の著しい下落があつたとしても、そのことによつて右貯金額が当然増額修正されるものとすべき現行法上の根拠はなく、被上告人は右貯金払戻当時の貨幣をもつてその債務額を弁済すれば免責されるものと解するのが相当である(最高裁昭和三三年(オ)第五四六号同三六年六月二〇日第三小法廷判決・民集一五巻六号一六〇二頁参照)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原審の右判断に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう部分も含め、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)

上告代理人元林義治の上告理由

一、上告人は大平洋戦争前から日本国の領土であつた台湾島に居住し日本の国籍を有する日本国民であつたが被上告人日本国がポツダム宣言を受諾し連合国との間に平和条約を締結したことによつて台湾島の領土を失うと共に上告人は日本国の国籍を失つたが其后も引続き台湾島に居住しているものである。

二、上告人は被上告人日本国(以下日本国と略称する)に昭和十九年五月二九日から昭和二一年四月二七日迄の間に前后十回に亘り軍事郵便貯金として合計一、八一八円を貯金したものである(原審判決理由第一項1号記載の通り)。

三、原審は上告人の右貯金の払戻について法令の適用が誤つている。

(1) 日本国がポツダム宣言受諾した結果台湾島に於ける従来施行されていた日本国の法令告示は全部効力を失つたものである。

(2) 日本国は右軍事郵便貯金の預金並払戻事務を停止又は廃止の状態のまゝ放置した、上告人はそのため右貯金の払戻を請求することも支払を受けることも不可能なまま今日に及んだものである。

(3) 原審は上告人の右預金一、八一八円の軍事郵便貯金の本訴払戻請求について原審は現在台湾島に於て効力を失つた日本国の軍事郵便貯金干係の法令に則り昭和五四年四月二六日迄の利息を計算して元利金五八三七円と之に対する同年九月五日迄の利息を計算してその支払金額を認定したこのことは法令の適用を誤つたものである。

四、上告人の右預金払戻の額の算定に憲法違反がある。

(1) 上告人は前記の通り昭和十九年五月二九日から昭和二一年四月二七日迄前后十回に合計一、八一八円の貯金を為したもので昭和五七年一月二八日原審に於てはその払戻請求訴訟の判決に郵便貯金法に定める利息の加算があつても依然預金当時(各所定の利息加算時)の貨幣に依つているものでその間即ち約三十六年間に甚だしい貨幣価値の下落(物価の上昇)のあつた事実を無視している三十六ヶ年という長年月の間に日本は勿論世界の経済が甚だしく変動し物価は驚くべく上昇(貨幣価値が下落)した、この事実を無視して約三六年前の債務を今日の貨幣で支払へば足りるとすることは何人も又どの社会に於いても是認されるところでないことが条理である。原審判決はこの条理を無視した判決である。

(2) 貨幣価値の変動を卸売物価指数に依ることが最も妥当なりとするのが通説である。原審で主張した日本銀行統計局発行の経済統計年報記載の卸売物価指数昭和五二年を昭和五六年度の卸売物価指数が239.41、右上告人の本件貯金一、八一八円を同年末貨幣価値に換算すると金四三万九、六三二円となるものである。

(3) 日本国の敗戦により上告人が日本国に本件貯金払戻請求を一時不能ならしめて三十数年を経たもので今日も数百万人に上る台湾人に対し軍事郵便貯金払戻の手続を示さず放置しているもので預金者は払戻請求の術なく怨嗟の声台湾の津々浦々に充つるものである遍に日本国の不法行為に因つて払戻遅延せしめているものと言うべく因つて日本国は本件貯金の支払を為すべかりし昭和二一年四月二七日の后である同年五月一日から昭和五六年十二月未日迄三四年八ヶ月間の民法所定の年五分の割合による損害の賠償金(利息でない)を支払うべきは当然である。その額は金八万五二五三円となり之を前記元本と同様昭和五六年十二月末の貨幣価値に換算するときは金七六万二〇二八円八〇銭となるものである。

(4) 物価指数は日本銀行の統計局に於ても三十四年八ヶ月を経た昭和五六年十二月末迄には昭和二十一年一月を一とする時二百四十に上昇している。貨幣価値が二百四十分の一に下つたことを意味する。この価値の下つた貨幣で一万円を支払えば過去三十有余年前借用した借金が帳消しになるものとする原審判決は社会通念即ち条理に反するもので許されないところである。

(5) 日本国に於いて終戦直后の貨幣価値で現在取引されているものは一つもない。すべて物価にスライドされて定められている罰金刑が二〇〇倍になつている。恩給しかり判検事の給料をはじめ公務員の給料凡てしかりであつて凡に物価の上昇率に準じている。今闘はれている春闘もそれである。

上告代理人は原審で之を条理と主張した若し今茲に之を無視して終戦直后の貨幣で旧債を支払つて可なりとする原審は憲法第十四条に定められている平等の原則に反するものであると主張する原審を破棄し最高裁に於て自判されたい。

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